光司広場II

和田光司offical blog

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歴史的群像

東京・上野公園に凛と立つ西郷隆盛像。




一般常識的な見解ではあの銅像がイコール西郷隆盛。

だけどそれを覆す興味深い本があった。その本によればあれは西郷隆盛を忠実に再現したモノとは言い難い・・・である。

となれば今まであの顔が西郷隆盛だと思っていた事がひょっとしてまったく別の顔かもしれない。

当時,カメラが普及していなかった訳ではない。証拠に当時の幾人もの要人,坂本龍馬,高杉晋作,桂小五郎,近藤勇etc・・・の写真が現代にも残っている。

がしか~し!!

あの時代を象徴するほどの大人物,西郷隆盛の写真は一枚も残っていないとされている。少なくとも幕末に写真術が輸入された後,歴史を動かした大人物で写真が残っていないのは隆盛だけ。

何故だ??・・・

身の危険を避ける為に極度に顔の露出を嫌ったのか・・・それともただの写真嫌いだったのか・・・だが、あれだけの要人が嫌いだからという理由で写真を拒み続けられるとは状況上思えない。

西郷隆盛といえばキヨソーネという画家が描いた肖像画が一般的だがそれも隆盛死後六年経った明治十六年に描かれた作品。しかもキヨソーネは生前の隆盛に会った事がないという。その為,隆盛の弟と隆盛の父方の従弟の顔写真をモデルに描かれたといわれている。

上野の銅像に至ってはそれから更に明治三十一年に高村光雲によって作られたものであり,あの銅像を見る限りではキヨソーネの肖像画を基に光雲の独自のイメージをプラスして作られたと見た方がいいだろう。

キヨソーネの後も隆盛の肖像画を描いた日本人は多くいるが,その全作品のことごとくが“キヨソーネ風”。

だが,ただ一人キヨソーネより前に描かれ,しかも生前の隆盛に会った事がある画家が描いた作品がある。それは明らかにキヨソーネ風とはまったく違っていた!それが・・・

画家・服部英龍が描いた肖像画だった。

英龍が描いた隆盛の肖像画は顎の張った面長の顔で,目は切れ目で,けっして大きくはない。キヨソーネと共通するところといえば太い眉ぐらいだろうか。

生前に描かれ,しかも隆盛に近しかったとされる英龍によって描かれた肖像画は非常に興味深く限りなく実物に近い・・・かもしれない。

ちなみに新撰組の副隊長,当時では珍しい丁髷を結わず西洋の軍服に身を纏い写真に収まる土方歳三。

椅子に座って撮られた彼の写真の頭上には,くっきりと彼本人が噛み残したとされる歯形が刻まれている。

駆け足で過ぎる激動の時代の中を本当のラストサムライ土方歳三は,どんな思いをその歯形に込め刻んだのか・・・

写真から汲み取れる歴史の真相・・・

いっぱいあるのかもしれないね。
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コメント

和田さんは面白いことに興味を持ちますね。
僕は興味を持ってもココまで調べたりできません。
でも和田さんは、自分の興味を持ったことにココまで調べることができるなんてすごいと思います!!

すごい…

歴史が苦手な私は滅多にそんな事考えないですね(苦笑)
けど、西郷さんの有名な絵が実は別人をモデルに描いたものだと知った時は、ちょっと残念な気持ちになりました。
昔は記録に残せる手段が少なかったし、歴史の教科書に書いてある事でも実は違っている事もあるのかも知れません。
でも、一枚の写真から当時を想像するのはロマンと言うか…何か楽しいものがありますね。

お久しぶりです!!




そして今日の話し…さっぱりわかりませんでした。西郷隆盛といったらあの絵しか思い浮かばない…

そうなんですか!
あのがっちり西郷さんが西郷さんだと思ってました!!(文法が…あれ?)
ここまで追究して調べるなんて和田さんはやっぱりすごいです!
ではでは♪

西郷隆盛……。あぁ!

一瞬顔が出てきませんでした!!お犬様様つれてる像のかたですよね!!
日本史さっぱりです。特に江戸時代とか《関係ない!
あの写真の絵(?)は西郷隆盛じゃない!とご親族の方々がいっているそうです。
あの写真は叔父の写真だ、と先生が語っているのを聞きました。どれが本とやらわかりません。
あの顔=西郷隆盛と覚えたわれわれは間違った答えを植え付けられているんでしょうね…《汗

あの西郷隆盛の像は実際とは異なるんですか~初めて知りました。よく調べましたね。すごいです。
歴史上の謎とかってたくさんありますよね。邪馬台国がどこにあったのかとか、織田信長は実は生きていたとか、源義経はモンゴルに逃げていたとかわからないことがまだまだたくさんありますよね。
それを解明していくのが歴史のおもしろさですよね!!
私も何か調べてみようかなぁ

自分は鹿児島に住んでいて西郷さんの銅像をよく目にするのですが、そういった話を知っている方はこちら地元でも少ないような気がします
記憶があやふやですが西郷さんは武蔵丸さんに似ているという話を聞いたことが…
今となっては事実は分かりませんから、歴史の分からない部分に色々な想像を膨らませるのも面白いですよね

最後になりましたが、これからも和田さんを心から応援しております
たまには九州のほうにも和田さんの歌声を響かせにいらしてください
それでは失礼致します

僕もこういった類の話は好きですよ!!
この話は初めて聞きましたけど。一般に知れ渡っている「常識」のような知識は、実は事実とはかけ離れたホラということも少なくないでしょうねぇ。
実際歴史の「本当」なんてよくわかりませんよね。そんな遠い昔のこと誰かが見てきたわけでもないですしね。だから面白いんですけどね(笑)
意外と西郷隆盛という人物は実在しなかった・・・なんてことも有り・・・?(笑)

僕は歴史好きなんでものすごく興味持ちました。
確か上野の銅像は、夫人の糸子さん(だったと思う)に、「うちの人はこんな人じゃなかった。」とか言われてます。あと、あの像はウサギ狩りをしているところだそうです。
確かにこの人は写真もないし、本名も隆盛でないです。
写真がないのは、当時カメラは人の魂を吸い取る的なうわさがあったようで、それを強く信じてたからなのかなと思います。(勝手な思い込みです。)
すみません長々と・・・・。

凄いですね...。

そこまで調べられるとは......。
スゴイしか出ませんねw
後相互リンクってことでリンクしていただけないでしょうか?
宜しく御願いします!

どうも、小学校のころから片っ端から伝記をあさっていたコウジッチャンです。
西郷隆盛は極度の写真ぎらいだったそうですけど、たしかに何故だかきになりますね。本当に魂が削られるとでも思ったんでしょうか。(笑
とりあえず「西郷隆盛そのもの」を映し出した静止画は今はないですからね・・・
上野の像よりもうちょっと顔は細いと聴いたことが、どうなんでしょう・・・
あ、和田さんのおっしゃるとおり眉が太いのは今まで発見されている静止画で共通だそうですね。
自分も時間があるとき色々調べてみたいです。
和田さんのお話はとても面白くてためになるの楽しいです。これからも頑張ってください。

しかしなんだかんだで写真って残ってるもんですよ。土方さんの写真は西洋の軍服だけでなく新撰組のトレードマークのダンダラ染めのはっぴの写真もあるんです。また、新撰組の沖田総司も写真が残されていないとされていましたがじつはあるのです。
中には新撰組のファンならぜったい喜ぶ近藤勇局長とのツーショット写真が!!!
なんか無駄なことばっかりすいません。
というわけで西郷さんの写真も残ってるかもしれませんよ!

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Profile

wadakoji

wadakoji

和田光司のオフィシャルブログ。
1974.1.29生まれ 
京都府福知山市出身 
B型 
デジモンアドベンチャー主題歌「Butter-Fly」で
1999年メジャーデビュー。

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